『馬車道』と聞いてもご存知ではない方が多いかもしれません。『馬車道』とは、横浜市の中心部近くのとある通りの通称で、歴史のある地名なのですが、地元民は知っていても残念ながら全国区の知名度はないと思われます。地名と言いましたが、行政上の住所には「馬車道」という町名は無く、一般的には伊勢崎モールの入り口にある吉田橋から馬車道の信号を通って本町四丁目の信号までの通りを指すようです。地下鉄の駅名などに正式名称として存在していることと、桑田佳祐さん作詞作曲で中村雅俊さんが歌った1982年のヒット曲「恋人も濡れる街角」の歌詞にも「♪・・馬車道あたりで待っている・・」と登場します。そんなこともあってか、横浜市民には広く親しまれている『馬車道』なのです。

今となっては広くない馬車道です

今となっては広くない馬車道です

この通りが、なぜ『馬車道』と言われるようになったのかといえば、幕末に江戸幕府が横浜港を開港し、現在の関内に外国人居留地を設け、行き来する道路のひとつとして作ったことによるそうです。外国から持ち込まれた馬車が行き交う様は、当時の人々にはかなりの衝撃だったらしく、それで「馬車道」と呼ばれるようになったとのこと。

そうなのです、当時の日本には馬車が存在しなかったのです。大八車や牛車のように日本に車輪が無かったわけではないようですが、海外と違って馬が貴重な動物だったためか、人が乗った車を馬に引かせる「馬車」は幕末の日本には存在していなかったのです。そりゃー当時の日本人はびっくりしたでしょうね。道路上には、歩いている人か、駕籠(かご 明治時代に人力車にかわるそうです。)か、せいぜい一人乗りの馬しかいない時代です。圧倒的な迫力と存在感があったことでしょう。

馬車

西洋では紀元前数千年の昔より馬車文化があり、様々な形態で利用されてきました。例えば、映画『ベン・ハー』に戦車競走シーンがありますが、この戦車競走は馬車レース(chariot racing)のことです。戦車競走は古代オリンピックの大人気種目のひとつだったそうで、人々が勝敗やクラッシュに熱狂する様子と、大金持ちのチームオーナーが勝つために大金をつぎ込む有り様は、現代ヨーロッパにおけるプレミア・リーグなどのプロ・フットボールや、FIレースなどのモーター・スポーツの源流との見方もあるそうですよ。

古代エジプトの王ラムセス2世(紀元前1314-1224)の時代ものと言われる壁画。1頭立て2輪の馬車を戦いか狩りに使用していたと思われます。

古代エジプトの王ラムセス2世(紀元前1314-1224)の時代ものと言われる壁画。1頭立て2輪の馬車を戦いか狩りに使用していたと思われます。

そのように永い永い歴史のある馬車なので、馬が何頭立てか、車輪が何輪かなど、実に様々なタイプがあります。

ワゴン:二頭立て、もしくはそれ以上の四輪荷馬車

クーペ:二人乗りの四輪箱型馬車

カブリオレ:一頭立ての二輪幌馬車

バギー:一頭立ての軽装馬車

あれあれ、これって・・。そうなんです、今の自動車の分類には馬車の名称がかなり引き継がれているのです。西洋においては、馬車が自動車に置き換わった歴史があるのですね。

さて、横浜の馬車道に戻りますが、今年2017年は「馬車道」が誕生してから150年というメモリアル・イヤーなのです。そのため、様々なイベントが催されるのですが、10月31日(火)~11月3日(金)には「馬車道まつり」が開催されます。映画『はいからさんが通る』の上映やジャズ・ライブなど、盛りだくさんですので、お時間のある方は是非お越し下さい。リンクは告知です。

http://www.bashamichi.or.jp/index.html#

http://www.bashamichi.or.jp/events/2017/fes2017.html

 

馬車道を馬車が闊歩していた時代、やがて乗り合い馬車なるものが登場します。本邦初登場だそうです。不特定の乗客を乗り合いで乗せて、時刻表に基づいて運行する有料の馬車、つまりバスの原型でしょうか。

「はまれぽ」さんが詳しく調査しています↓

http://hamarepo.com/story.php?story_id=2511

この日本最初の乗り合い馬車は、馬車道から現在の東京・日本橋まで四時間で走っていたようです。乗り合い馬車は、その後も人々の移動手段として活躍し、現在の東神奈川駅あたりから、当時は温泉地だった綱島あたりにかけては、東急東横線が1926年に開通するまで路線が存在したそうです。50年あまりの歴史ですが、日本においては、馬車は鉄道よりもぐっとローカルでミニマムな公共交通機関の先駆けだったのかもしれません。

CX-8 まもなくデビュー

CX-8 まもなくデビュー

そして、この乗り合い馬車は二頭立て6人乗りだったそうです。そうなんです!CX-8と同じ6人乗り(7人乗りもありますが)であることに、馬車とCX-8の深~い縁を感じるのは私だけでしょうか。きっと幕末の人々には未来の乗り物に見えたであろう馬車のように、CX-8も大きな夢を乗せる乗り物でありたいものです。なので、本年12月にCX-8が発売になれば、「現代の馬車=CX-8」に乗って、馬車道をスタートして日本橋まで颯爽と走り抜けるつもりです。ただし、乗り合いではない6人になると思いますが。日本橋の三越百貨店は150年前もほぼ同じ場所で「三井 越後屋呉服店」として営業されていたそうです。馬車道から日本橋までは、首都高を使えば4時間を大幅に下回って、たぶん30~40分程度しかかからないはずですが、幕末から2017年に至る壮大な歴史ロマンに思いを馳せながらのCX-8クルージングも、また一興ではないでしょうか。楽しみに待ちましょう。

 

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