終戦(第2次世界大戦)直後の昭和26年(1951年)4月から昭和27年(1952年)1月に日本各地を撮影したカラー写真を、国会図書館がウェブで無料公開していると知り、早速見てみました。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10756455

GHQの文民スタッフだったロバート・V・モージャー氏が撮影した304枚なのですが、当時の日本の風景や人々がリアルに感じることが出来て、とても感動しました。必見だと思います。

皇居や周辺の国会議事堂、帝国ホテル、第一生命ビルなどの都心だけでなく、名古屋、大阪、京都、横浜など日本各地の街中や、モージャー氏にとって印象的だったであろう建物、ときに残骸、農村の風景、そして当時の若き日本人達が瑞々しく切り取られていて、かなり見ごたえがあります。意外なのは、女性が着物姿でしか登場しないことです。当時でも多少は洋服が普及していたようですが、物資不足で洋服どころではなく、ありものの着物を着ていたのでしょう。あるいは、モージャー氏が好んで着物を着た女性にカメラを向けた、という要素もあるのかもしれません。

横浜駅東口らしい写真もありましたが、いったい今のどのあたりなのか、さっぱりわかりません(苦笑。

終戦直後の横浜駅

 

『RTO』という看板が目に付きますが、Railway Transportation Office(進駐軍の鉄道事務所)のことだそうです。当時は鉄道を含めた輸送も全て、いわゆる占領軍が管理していたのですね。さて、広島の写真もありまして、後に原爆ドームと呼ばれる『広島県産業奨励館』の生々しい画像を見ることになりました。

終戦時の産業奨励館№56

 

原爆ドームは二度ほどいった事がありますが、正直に言えば観光名所として観ていたと思います。ドームを見て、歴史を知り、亡くなられた方々、今も苦しんでいる方々に祈りをささげはしましたが、この場所のほぼ真上で原子爆弾が爆発し、一瞬にして広島を焼け野原にしたとは、なかなか実感を持てませんでした。

ですが、これが映像の力なのでしょうか。この写真には、巨大なエネルギーで破壊された無残な廃墟そのものを見ることができます。きれいに整備された公園の中の原爆ドームとは、まるで違います。もしかしたら、当時のことを知る方には、この写真はもう随分すっきりしていて、原爆の悲惨さが全く伝わらないと言われてしまうのかもしれません。しかし、戦争を知らない世代であり、世界遺産として保存されている原爆ドームしか知らない私には、しっかりインパクトがありました。

ドームの手前には大量の墓石があることに気がつきます。拡大してみると中央やや左には「不動尊・・西蓮寺」の文字が見えます。そうなんです、お寺があったんです。西蓮寺さんは、今はちょっと東に移動していますが、当時は広島県産業奨励館(原爆ドーム)に隣接していたので、この写真にお墓が写っているのだと思われます。

そして、さらに注目なのは画面中央少し右に写っている小さなお地蔵様。西蓮寺さんには「被爆地蔵尊」があり、原爆による4,000度の高熱のすさまじさを今に伝えているのですが、この写真のお地蔵様がその「被爆地蔵尊」なのかもしれません(未確認)。なにか、永い歴史を感じさせる1枚の写真です。今度、広島に行った際は西蓮寺に行くことに決めました。合掌。

https://loco.yahoo.co.jp/place/g-lLKUHgoUojw

 

 

 

 

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